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〜 プラレール組の活動報告 〜

交通システム工学科2年 4092番 芳賀 卓朗

1. はじめに

 この記事を読んでいる方なら、ほとんどの人が子供のころ遊んだことがあるであろうプラレール。当会ではこのプラレールを活動の大きな柱の一つとし、日々展示を行っている。そんな当会のプラレール活動を、昨年の学祭から最近の動向まで辿ってみる。


2. 第47回習志野祭

 毎年11月頭に行われている日本大学理工学部船橋キャンパスの学部祭、習志野祭に2014年も出展した。展示場所は大学の一番奥にある12号館のしかも4階という辺鄙なところであるが、親子連れを中心に沢山の方々が訪れ、それぞれに楽しんでいただけたと思う。
 準備開始当初はなかなか建設が捗らない上、建設途中であったプラレールタワーが倒壊するなどのハプニングもあったが、どうにか徐々に進めていき準備日にはあらかた完成させることができた。
崩壊したプラレールタワー

写真1 崩壊したプラレールタワー
 学祭初日、結局学祭開始まで建設は完了しなかったものの、30段を超すNR史上おそらく最高のプラレールタワーとド迫力の新幹線フル編成を幾本も収容できる巨大車両基地、特殊部品により通過待ち・交換待ちを自動で行う登山鉄道や新幹線、リアルタイムで情景をプロジェクターに写し出すカメラカーなど壮大な設備を備えた大レイアウトが理工学部の一画に完成した。
レイアウト全景

写真2 レイアウト全景
新幹線車両基地の車両配置前

写真3 新幹線車両基地の車両配置前
新幹線車両基地の車両配置後

写真4 新幹線車両基地の車両配置後
 展示中、一部の配線変更や架線柱倒壊による一時撤去、電池消耗によるダイヤ崩壊などの騒ぎはあったものの、大きな事件はなく無事習志野祭を終えた。建設に1日以上かけたレイアウトの撤去も数時間で終わり、教室は忌々しい本来の机が整然と並ぶ姿を取り戻した。


3. 第22回青駿祭

 日本大学理工学部駿河台キャンパスにて、習志野祭と同日程で行われる青駿祭にも少しだけプラレールが登場した。なお、資材はほとんどが前会長の私物である。
青駿祭のプラレール

写真5 青駿祭のプラレール
 後日、余っていた資材を無理やり活用して少しだけレイアウトの拡張がなされた。


4. 倉庫搬入

 プラレールの資材貸出・展示など我々のプラレール活動を常に支えて下さっているOBさんの方々が、今度は船橋キャンパスの付近にプラレール用の倉庫を借りて下さった。2015年6月中頃、この倉庫への搬入を行った。
倉庫前に並べられたプラレール資材

写真6 倉庫前に並べられたプラレール資材
 この中身は、ひと箱丸々直線レールだったりカーブレールだったりする。しかしそれでも第47回習志野祭では直線レールが不足した。橋脚に至っては4・5箱あるのだが、学部祭ではその多くを使ってしまう。この量は見慣れていても毎回驚いてしまう。


5. C5合同展示会

 毎年開催されている、ちば学生鉄道研究会連合・通称C5主催の合同展示会が6月28日開催された。
 今年は開催時期を変更したため従来の会場を借りることができず、京成稲毛駅前のあかりサロン稲毛に会場が移された。それにより展示スペースが去年より狭くなってしまたため、レイアウトをより上方に伸ばす作戦に出た。そして完成したのが、全てが人の背丈よりも上にあるプラレールタワーが実に4本も林立する高層レイアウトである。
レイアウト全景をパノラマ撮影した写真

写真7 レイアウト全景をパノラマ撮影した写真
 このプラレールタワー、地上に一つ一つ配線を伸ばしていくのに比べて構成が単純なため建築も比較的早くでき、珍しく準備時間内に完成した。その上目線以上にタワーが積まれているため、これを前にした時の迫力は想像以上である。また、この時より試験的にプラレールアドバンスを導入。某ショッピングサイトで安くなっていた0系と100系を購入した。
 さすがにこれだけ積み重ねたため、片付け時には橋脚が凄いことになっていた。
散乱するプラレール橋脚

写真8 散乱するプラレール橋脚


6. さいごに

 この記事がCDに入って出回るころには、第1回桜理祭が開催されていることであろう。習志野祭と青駿祭が統合され船橋キャンパスで桜理祭が開催されることになったが、それに伴いプラレールの展示場所は12号館から14号館5階へ変更となった。部屋の大きさは1/3〜1/4程度しかなく、しかも初めての場所であるからどうなるかわからないのが本心であるが、そこに甘んじることなく見る人に楽しんでもらえるレイアウトを作りたい。
 その1週間後には袖ヶ浦市の平川公民館祭りにてミニ鉄道出展のついでにレイアウトを展開する予定である。こちらは初めての出展であるが、また来年もお呼びいただけるよう努力する次第である。
 最後になってしまったが、これらのプラレール活動は資材やその運搬・保管などOBさんの多大なるご支援により成り立っていることを明記しておく。OBさんなしにはNRのプラレールはない。事ある後にそれを思い出し、そのたびに衷心より感謝の念を抱くのである。


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